会員:鈴木武志さん「ベーシックインカム論」を翻訳

「ベーシックインカム」への思い

ベーシックインカム.pdf

 一人ひとりの国民に、働いているかどうか、資産・所得の状況調査(資産調査)なしに、最低限度の生活を保障する「ベーシックインカム」という理念が国際的に広がり、米国カナダ州、ブラジルなどで試行的な実例が生まれています。カナダの場合は天然資源のロイヤルティにもとづく基金の活用、ブラジルの場合は、既存の貧困家庭への給付制度の整備・統合によるものです。インドでも支給実験が行われ、ポジティブな調査報告が提出されています。

 先の東日本地震・津波被災者への生活支援の方法でも、集まった義捐金が被災者の手元に届くのが遅れたという問題が生じ、家族がバラバラとなり、居住状態も様々になったなかで、個々の被災者全員にまとまった額を一時金として支給すべきではないかという提案がありました。これも「緊急時ベーシックインカム」というべき有効な政策です。

 消費税引き上げと並行した社会保障制度の改革の大きな柱として、加入の制度の違いを越え、年金未加入者も含めた老齢基礎年金という方向性がありましたが、さっぱり議論されていません。
 金持ちにも支給するのか?という議論がありえますが、資産調査に要する費用は大きく、制度実施費用のために支給額が減ってしまう恐れがあります。

 ベーシックインカムの財源に約100兆円必要との試算もありますが、既存の各種現金給付との差し替えもあり、統合による行政費用の削減効果も大きなものがあります。
財源論はいろいろな議論がありますが、私は法人・資産家への課税の正常化(おまけの廃止)が中心になるべきだと考えています。

 日本では一部政治家・評論家がベーシックインカムを提案しながら、既存の現物給付を止めてしまえ、企業の負担をなくせというような主張と重なっている場合があり、要注意です。
 おおまかな紹介としては以上ですが、ベーシックインカムの基本的な理念をご理解いただきたく、ベーシックインカムの国際的な議論の中心であった、ヴァン・パリースの論本をまずお読みいただければ幸いです。

2013年10月28日 鈴木武志

小林正美著:「学びの杜〜廃校は地域の文化遺産」

30年有余関わってきた大学や生協に心を残しながらも,社会変革と地域貢献のために勇退し、地元岐阜揖斐へ。廃校となった小学校を地域の文化遺産として再生し、森林の保全にも尽力し、確かな地域の力となったこの10年。そして、団塊世代としてさらなる〝次の10年へ〟と構想を描き、志の高さで協同を呼びかける。この本からは、現役世代は知恵と勇気を、定年世代はこれからの生き方が学べる。
(推薦のことば:蓮見 澄)

問い合わせ先:小林 正美
〒501-1316 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲木曽屋180  TEL 0585-55-2236 FAX 0585-55-2246
E-mail: sammy@juann.jp

学びの杜.pdf      判型:B6判

書名:「学びの杜〜廃校は地域の文化遺産」
発行:2013年8月17日
著者:小林 正美(元早稲田大学生協専務理事・元大学生協連専務理事) 
発行元:夢工房
ISBN:978-4-86158-058-1 税抜価格:1500円 

「JCCU協同組合塾」2013年第1回例会
「生協の平和活動の歴史とこれからの課題」

さる7月18日「JCCU協同組合塾」2013年第1回例会「生協の平和活動の歴史とこれからの課題」として講演された斎藤嘉璋さんと「NPO法人ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」の活動について報告された同会事務局長伊藤和久氏の要旨を掲載します。

生協の平和活動の歴史  斎藤 嘉璋

斎藤嘉璋さん.jpg1、“平和“は日本の生協運動の理念
 1945年、終戦直後の11月に日本生協連の前身組織・日本協同組合同盟(日協同盟)が創立されます。創立総会で賀川豊彦はじめ戦前からの協同組合のリーダーたちは300万人をこえる犠牲者と国土の荒廃をもたらし、生協運動も壊滅させた大戦からの復興と再生への思いをこめて「本同盟は協同組合の普及発展を図り民衆生活の維持安定及文化の向上を期し以て民主主義的平和国家を確立し更に協同組合の国際的結合に依る世界平和の実現を目的とする」(規約第4条)ことをうたいます。
日協同盟は綱領や運動方針大綱で民主主義と平和な日本の建設、そのための協同組合運動の発展、統一と団結の大切さをうたいました。
 1951年、日協同盟は生協法に基づく生協の連合会として日本生活協同組合連合会(日本生協連)を創立、活動を継承します。日本生協連は綱領で「世界平和の確立」、創立宣言で「平和と、より良き生活こそ生活協同組合の理想であり」「最大の使命」であるとうたい、「平和宣言」を採択します。日協同盟の反戦・平和の理念を引き継いだものですが、ちょうど朝鮮戦争がはじまり、日本がその前線基地となるといった切迫した情勢がありました。
 創立宣言で使われた“平和とより良き生活のために”は、その後長らく日本生協連はじめ全国の生協運動のスローガンとして使われます。そのスローガンは国際学連のスローガン“平和とより良い未来のために”から転用して東大生協で初めて使われました。東大生協の学生理事で日本生協連設立準備委員であった福田繁さん(のち日本生協連専務理事)が提案したものですが、発祥の地である東大生協はじめ大学生協では「生協は生活が先の方がいい」と「より良き生活と平和のために」をスローガンにしていました。私の学生の頃の早大生協も「生活~」でしたが、日本生協連に就職すると「平和が先だから」と注意されました。賀川さんや中林さんの強い想いもあったと思います。

2、原水爆禁止運動の最初―生協の主婦組合員の取り組み

 1945年8月に広島・長崎に原爆が投下されますが、原爆と被爆の実相は米軍占領下では長らく事実は隠ぺいされ、情報や関連する活動は制約されてきました。1951年、同志社大で初めての「原爆展」が開かれ、52年「アサヒグラフ」に被爆写真が掲載され国民に衝撃を与えます。
「アサヒグラフ」に被爆の実相が特集された1952年、杉並区生協協議会婦人部は杉並区婦団協とともに「原爆展」に取り組み、国際デーに「ICA加入の33か国へ原爆写真をおくろう」と取り組んだり、世田谷区では梅ヶ丘文化クラブの婦人たちも原爆展を梅ヶ丘駅で開催するといった動きが始まります。
 1954年3月1日、第五福竜丸がアメリカのビキニでの水爆実験で被爆します。焼津港から築地に贈られたマグロなどが水爆に汚染されていることが報道され大問題になり、魚商や市場、漁業組合などがアメリカの水爆実験に抗議・禁止の声あげ、これに呼応して放射能汚染に不安をもつ母親たちが立ち上がります。
 アメリカのビキニ海域での水爆実験をやめさせようと幅広い取り組みを展開したのは、前述の杉並の婦人たちでした。杉並では魚商などの訴えに生協婦人部も参加する婦団協の婦人や文化人、PTA、労組などが結集し「水爆禁止署名運動杉並協議会」を発足させます。5月にはじめた署名は1か月で26万筆(区民39万の7割)とひろがりますが、署名運動の担い手に生協の婦人リーダーが大きな役割を果たし、当時の杉並生協、杉並中央生協、荻窪生協が署名活動に取り組みました。
 東京では3月に目黒区生協協議会が「講演と映画の会」で「原爆禁止」をスローガンにし、「永遠なる平和を」という映画を上映しました。4月には主婦連、地婦連、生協婦人部が「原水爆禁止・製造禁止」の共同声明をだしました。日本生協連常務理事会は、世界の協組にむけて「原水爆禁止」のアピールをだしました。杉並で始まった水爆禁止署名は全都に広がり、8月には「原水爆爆禁止署名運動全国協議会(安井郁事務局長)」が結成されます。賀川豊彦(日本生協連会長)、奥むめお(同副会長、主婦連会長)が代表世話人会メンバーでした。第五福竜丸で被爆したの久保山愛吉さんが死亡し10月に追悼の平和の集いが行われますが、そこには署名が1213万筆と報告され、来年、広島で原水爆禁止世界大会を開くことが提案されました。
 1955年8月、広島で原水爆禁止世界大会が署名運動の盛り上がりのなかで開催され、全国97組織、海外14か国から代表など5000人が参加しました。(署名は3,216万筆)。世界大会の成功のもと9月には、原水爆禁止日本協議会(原水協)が発足しました。(後記の丸浜江里子「原水禁署名運動の誕生」、東京都生協連「東京の生協運動史」など)

3、生協の反核・平和活動の歴史
  別紙「生協と平和歴史年表」、史料「反核・平和の活動」参照。
1)日本生協連中心の「反戦・平和」の取り組み(1945~1976年)
 日協同盟は1949年に「平和擁護300万署名」に取り組みました。日本生協連は54年のビキニ水爆実験のあとICAのパリ大会に代表を送り原水爆禁止の決議を提起し、57年のストックホルム大会でも同様のアピールをしました。
60年の安保条約の改定問題ではそれが戦争につながると反対し、65年にはベトナム戦争反対の決議をしました。会員生協も日本生協連と同様に反戦・平和あるいは原水爆禁止で組合員に訴える等の取り組みを続けました。しかし、60年安保闘争を除けば他団体と共同して大衆的な行動をとるといったことはあまりしませんでした。原水禁運動も1963年に原水協から社会党・総評が脱退するなど盛り上がりを欠きました。

2)統一原水禁運動への参加(1977~1985年)
 生協の平和活動が組合員参加で大きな取り組みになったのは1977年、分裂していた原水爆禁止運動が統一されてからでした。77年、日本生協連は地婦連、日青協、被団協などと統一実行委員会に参加し、統一世界大会の開催に大きな役割を果たしました。世界大会の成功の後、78年の国連軍縮特別総会(SSDⅠ)にむけての統一的な取り組みが進み、生協でも署名活動が展開されました。
78年、SSDⅠには統一代表団に生協代表(27人)も加わりました(署名1,869万筆うち生協112万筆)。8月の広島、長崎では世界大会に参加するとともに生協独自のヒロシマ・ナガサキ行動も企画されました。以降、以下の通り生協組合員の反核・平和の取り組みは多くのテーマと今までにない参加で広がっていきました。
1979年~ 被爆問題市民団体懇談会(市民11団体)で被爆者援護法制定署名運動開始
    ・「戦争・原爆展」(1500か所150万人参加)や平和コンサート、映画会など
1982年  SSDⅡ、代表団1200人(生協200人)、署名2930万人(生協380万人)
1983年  日本生協連、ヨーロッパ核軍縮大会へ代表派遣 ・ユニセフ活動開始
    ・「非核(平和)都市宣言」の取り組み(88年、47都道府県1,302市に)
1984年  平和行進、「団体旗問題」で混乱。
1985年  日本生協連総会、原水禁世界大会の統一求める決議
    ・市民団体による「市民平和大行進」生協中心で成功。「通し行進」始める。

3)水禁運動の再分裂―生協独自の取り組み(1986年~)
1986年、日本生協連など市民団体の努力にもかかわらず原水禁世界大会は再分裂し協・禁が独自大会を開催します。生協は広島、長崎では「虹の広場」など独自の企画に取り組みます。以下、特徴的な取り組みです。
1986年「沖縄戦跡・基地めぐり」始める。
・国際平和年「3・1ビキニデー生協アピール」
1988年 SSDⅢ、日本生協連市民10団体と参加(生協235人、署名237万人)
    ・「少年少女ヒロシマの旅」(97年まで10回実施)
    ・日本生協連、国連から「ピースメッセンジャー」認定うける。
1989年 「被爆50周年援護法実現・みんなのネットワーク」に参加(94年までに署名
     1002万人・うち生協535万人実現)
1991年 日本生協連「湾岸戦争の停戦を求める声明」、緊急署名、中央集会
1993年 被団協などと被爆者の「聞き書き語り残し運動」始める。
1994年 「被爆・終戦50周年企画と3か年計画」開始、・12月、被爆者援護法成立。
1995年 日本生協連総会で「平和宣言」、ICA100周年大会で平和決議提案、採択。
・核の違法性を問う「世界法廷運動」、ハーグの国際司法裁判所へ、被団協代表などと審理傍聴(署名300万人)。パリでフランスの核実験に抗議活動。
    ・被爆終戦50周年企画「アジア平和の旅」(韓国、シンガポール、中国他)
1997年 和歌山、東京の生協など「第5福竜丸のエンジンを東京へ」の取り組み
1998年~ 「原爆と人間展」パネルを各国に贈る「世界の都市で原爆展を」始める
(2001年までに34生協から51か国139団体へ寄贈)

3)生協の反核・平和活動の特徴
1977年以降、生協の反核・平和の運動は大きく広がりました。ヒロシマ・ナガサキ行動の参加者は80年代、毎年平均で約6000人、90年代同2500人、平和行進は80年代同4万5000人、90年代同5~7万人となっています。
ヒロシマ・ナガサキ行動だけでなく、例えばSSDⅡ(署名380万筆、代表200人)やSSDⅢ(署名237万筆、代表235人)の取り組み、被爆者援護法制定(署名535万筆)など国民的な運動の担い手として大きな役割を果たしました。特に86年以降、運動が分裂し後退するなかで生協は市民団体としての活動の最大の担い手となりました。
 その最大の特徴は活動の担い手が婦人組合員=お母さんたちだったことです。杉並のお母さんたちがはじめ水爆実験反対の運動が、70年代に大きく発展した生協の新しい組合員に引き継がれたといえます。婦人組合員中心の活動ということで他の市民団体の中心になって運動の統一のために大きな役割を果たしました。「被爆者とともに」の活動を進め、被爆者援護法の制定などで成果をあげました。
母親の立場から「子供たちと一緒に」、「草の根から」の視点で、それぞれの地域で多様な活動を広げたことも生協らしい取り組みでした。一方で協同組合の立場から国際的な連帯を強めたことも大きな特徴です。私は担当役員だった10年間、毎年、ヒロシマ・ナガサキ行動に参加していますが、95年の“世界法廷運動”で行ったハーグでの行動、その帰途に行ったパリでのフランスの反核平和団体と共同しての行動などは特に忘れられません。反核・平和の活動に携わった組合員の多くはそれがユニセフ活動と同様に世界に、人類全体につながる協同・連帯を実感したと思います。
最近、朝日新聞紙上でパウエル米元国務長官が「核兵器不要論」を述べています。NPT再検討会議などにむけ、生協はじめ日本の反核平和運動のさらなる頑張りを期待します。

4、なぜ“平和”か
1)協同組合の本質から
 協同組合は協同扶助・助け合いの組織として社会的弱者の暮し・権利を守るため事業と諸活動を行っています。平和は前提です。資本主義経済の「競争の論理」「強者の論理」が国を支配すると「戦争をする」のが「普通の国」といった間違いを起こします。「協同・助け合い」の「平和の論理」で対抗することが必要です。
2)最近、気になること
*「侵略」――かっての日本の侵略戦争について、安倍総理は「侵略」を否定しようと躍起です。第2次大戦でドイツは600万人のユダヤ人を犠牲にしましたが、日本は中国はじめアジア諸国で2000万人以上の犠牲者を出しました。他国に軍隊を派遣し、支配するのが「侵略」です。安倍さんの強弁は世界の人々のひんしゅくを買っています。
*「慰安婦」――昨年、韓国の生協・iCOOPで日本の生協の歴史を話す機会がありました。韓国には95年の「アジア平和の旅」で組合員の皆さんと訪ね、日本の植民地支配の頃の遺構などを見学し、「慰安婦=挺身隊」問題について関係者の話も聞きました。今回の訪韓で「挺身隊」問題は95年当時以上に国民的な問題になっていることを知りました。iCOOPの2011年年次報告書には挺身隊問題で生協が粘り強く取り組んでいることが書かれています。「維新」の橋下代表の発言などを聞くと「正しい歴史認識のない人に明日はない」と言いたくなります。(ネットで「iCOOPKorea」を検索、日本語の年次報告などが読めます)
*原爆と「原発」――1945年、ビキニ被爆の年に国会では「原子炉製造予算」が成立し、その後「原子力の平和利用」の名目のもと原発の積極推進を続けます。3・11の福島原発事故でビキニにつづく被爆の脅威にさらされ、その不安は続いています。
*「憲法」――生協の理念は基本的人権、民主主義、平和主義など憲法の理念と一致します。25条の「健康で文化的な生活の保障」の考えは協同組合の役割と一致します。そのような憲法は守り抜く必要があります。
最後に――国連が協同組合年を設定したのは、グローバル化した新自由主義経済が各国で貧富の拡大など矛盾を激化させている状況に対し、平和で健全な社会づくりに協同組合が貢献することを期待してのことだと考えます。日本の生協運動が平和で健全な社会づくりにさらに貢献することを期待します。

<メモ>①米ソをはじめとする核実験
     これまで2,379回の実験、そのエネルギーは広島原爆の3万5000発分。
     1986年の米地下核実験で漏れ出した放射能はスリーマイル事故の2000倍。
    ②第2次世界大戦の戦没者、犠牲者
     ドイツ―210万+市民50万+ユダヤ人600万人
     日本―230万+市民80万+アジア2000~3000万人
     米―40万人 
     英―35万人

参考文献 日本生協連「現代日本生協運動史」、同「資料集、CD版」
     東京都生協連「東京の生協運動史」
     丸浜江里子「原水禁署名運動の誕生」(凱風社)
     岩垂弘「核なき世界へ」(同時代社)
     共同ブログ「コラボ・コープOB」斎藤の歴史コラム

斎藤 嘉璋さん 1936年新潟県佐渡生まれ 早稲田大学第一文学部卒。57年早稲田生協組織部、大学生協連常務理事、60年日本生協連入職、69年以降早稲田大学生協、大学生協東京事業連合、戸山ハイツ生協、東京都民生協各専務理事を歴任、89年日本生協連常務理事 99年同参与、50周年記念歴史編纂室長 2003年非常勤参与。

ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会のめざすもの
―記録の保存・情報発信・活動交流の拠点―

伊藤 和久

88c993a198a8bv82b382f1.jpg0.はじめに
私が組合員活動部長だった1995年の“世界法廷運動”は画期的なものだった。オーストラリアの教師だった主婦が被爆者が描いた絵を見て衝撃を受け、「被爆者の話を聞きたい」という思いを抱いて始まった8年越しの運動だった。核兵器の違法性について国際司法裁判所の判断を仰ぐことになり、世界から各国政府やNGOの代表がハーグの国際司法裁判所に集まった。核保有国出身の判事もいることから却下されることを想定していたら、「核兵器の使用、威嚇は一般的に国際法に違反する」という勧告的意見が出された。その大きな力となったのは広島・長崎両市長の証言だった。国際司法裁判所の判事ですら原爆の投下で人間がどうなるのかを実はよく知らなかった。原爆のむごさ、非人道性、反人間性を多くの人たちは今も知らない。バックグラウンドにはそういった個人的な体験がある。生協の反核平和の取り組みでご一緒した方々からのご縁で「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」の設立から関わり、事務局長をさせていただいている。
1.背景
 1971年に日本学術会議が当時の政府に対し、「原爆資料センター(仮称)の設置について」を勧告した。(「原水爆被災資料センター(仮称)を設置して、原水爆被災問題についての学術的資料を収集・整理・保存し、これを正しく活用すること、とりわけ、このことを通じて被爆者の福祉と世界の平和・人類の福祉に寄与するよう努めることは国家的急務である」)しかしながら今日に至るまで、国を設置主体とする資料センターは実現していない。
原爆被害者の全国組織である日本原水爆被害者団体協議会(以下、日本被団協)は、1985年の「原爆被害者調査」をはじめとする調査やその運動を通じて、自ら原爆被害の実相を明らかにしつつ原爆資料を記録に残すための「ノーモア・ヒバクシャ資料センター構想」などの検討を行なってきたが、やはり実現していない。
長い間、被爆者支援に携わってきた弁護士、医師、学者・研究者、映画関係者、宗教者などが被爆体験の継承の現状を憂慮し、原爆被害の実相と被爆者が伝えてきた証言、記録、たたかい、未来へのメッセージを世界中の人々が共有できるようにすることをめざし、2011年12月に「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」を設立した。
2.会のめざすもの
昨年7/15には会のNPO設立記念集会で代表理事の岩佐幹三さんが「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会のめざすところ」を報告しています。集会の報告書は以下からダウンロードできます。  http://www.kiokuisan.jp/核時代を生きる/
世界には「平和のための博物館国際ネットワーク」に加わっている博物館や資料館が200以上ある。昨年10月に開かれた「平和のための博物館・市民ネットワーク全国交流会」に参加し、また11月には広島で公的な「日本平和博物館会議」にオブザーバー参加してきて、「ノーモア・ヒバクシャ平和資料館」というような施設を首都東京につくり、世界の若者達に知らせていけるようにすることの意味がより明らかになった。ゆくゆくは公的機関として位置づけさせたり、国連との連携がはかれるようにもしていきたい。
3.当面の取り組み
(1)「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産の継承センター(仮称)」を設立する
被爆者が次代に残せるたった一つの遺産として、原爆が人間に何をしたのかがわかり、人類が二度とあのあやまちをくり返さないための砦として、被爆者の死と生、被爆者のたたかい(運動)のミュージアムをつくりたい。
「継承センター 素描イメージ」参照(ただし、ブログには掲載できないのでご希望の方はコメント欄などでご連絡ください)。
1)資料の収集・保存
①原爆被害・体験の実態調査や研究資料。
②被爆者運動史資料(日本被団協や各地の被爆者団体から継承する)。
③被爆者個人の体験記・自分史・語り・聞き書きの記録。生協も聞き書きの取り組みをやったが未来永劫残すことになっていないと思う。冊子になって終わっているものも電子情報にして発信するなどの活用が考えられる。
④被爆体験の絵画・小説・詩歌・音楽、ほか
2)研究
調査研究資料や運動の史資料などは保存をするにしても専門家による整理・保存が必要。そこからさらに調査史研究などもできるようにする。
3)情報発信
インターネットで世界中からアクセスしてもらえるよう、本格的なwebサイトを構築する。イメージとしては首都大学東京システムデザイン学部准教授の渡邉英徳さんが制作した「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」をネット検索して見ていただきたい。
「ヒロシマ・アーカイブ」 http://hiroshima.mapping.jp/
「ナガサキ・アーカイブ」 http://nagasaki.mapping.jp/
4)継承
アーカイブズとして人類史の中に残す継承の取り組みとともに、継承の取り組みの中で人材も育成組織する(専門家、職員、サポーター)。
(2)原爆被害者による「原爆の非人道性に関するレポート」を国連に提出する
原爆被害の全体像を記憶遺産として伝えていく。
(3)被爆者との対話・交流、聞き取り、継承活動をすすめる
被爆者が被爆の実相を語り伝えてきたからこそ、核兵器の使用は「むごい」ことだという認識が広がってきた。それが元米国務長官パウエルがインド・パキスタンの緊張激化の中で核兵器使用を思いとどまらせるためにヒロシマ、ナガサキの被爆の「むごさ」を強調したということにつながっている。いま日本にいる人たちだからできる取り組みで、各地域で若い世代が被爆者の体験を追体験して受け継いでいく。

「継承センター(仮称)」構想もまとまり、2015年の被爆70年に向けて活動を本格化していく。学習会参加者の皆様にもこれからのご協力をお願いしたい。
※「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」のHPのURLは以下の通りです。
http://www.kiokuisan.jp/                           

伊藤 和久さん 1947年茨城県土浦生まれ 一橋大学卒業。71年日本生協連入職。日協貿、組織部、総合企画室、組合員活動部長、関西地連局長、機関運営部長、渉外広報本部本部長などを歴任。07年3月定年退職後、11年12月「継承する会」事務局長就任。

「里山の野生動物について学び:
ワインとジビエ料理を楽しむつどい」のご案内

JUON(樹恩) NETWORK関東甲信越ブロック
企画「里山の野生動物について学び:ワインとジビエ料理を楽しむつどい」のご案内
 関東甲信越地域ブロック 理事 松本 進
<企画内容>
日時:2013年9月7日(土)午後3時から5時まで(2時間程度)
場所:東京四ツ谷駅麹町口徒歩1分 主婦会館プラザエフ2階レストラン
参加費:一般2,500円、(JUON会員2,000円):鹿肉料理とワインが堪能できます。
2013年8月1日

企画内容

ジビエ料理案内0801-1.jpg企画内容:20名程度の参加者を募り、麻布大学獣医学部 動物応用科学科 食品科学研究室(食肉部門)坂田亮一教授に鹿肉にまつわるお話をしていただき、その後、プラザエフレストランシェフの腕を振るった鹿肉の料理とワインで楽しく懇談していただく企画です。
里山では、野生動物の獣害が発生しています。自然の中で共生していくことはできるのか、都市に住む私たちはどう考え、関わっていけるのかこれを機会に関心を持っていきたいと思います。もちろん、おいしい鹿肉ジビエ料理とワインも楽しんでください。

坂田先生プロフィール:'82年から麻布大学獣医学部勤務。'93~95年ドイツ国立食肉研究所留学。動物性食品の中で食肉に関する研究を主体とし、食肉製品の発色や加工技術に関する教育研究、近年は人の心理と食肉摂取の関係、高齢者向けのソフトな食肉調理品の開発など、健康面からの食肉の果たす役割を調べている。

【問合せ・申込み】

締切:8月31日(土) 定員:20名様
認定NPO法人JUON(樹恩) NETWORK
〒166-8532 東京都杉並区和田3-30-22 大学生協杉並会館内
電話: 03-5307-1102 FAX: 03-5307-1091
E-mail: juon-office@univcoop.or.jp
http://juon.univcoop.or.jp/  
------------申 込 書-------------
里山の野生動物について学び:ワインとジビエ料理を楽しむつどい
 ※選択肢のある項目は該当選択肢以外を消してお送りください。
氏名:
ふりがな:
性別:男・女
年齢:
所属:
郵便番号:
住所:
TEL:
FAX:
携帯:
E-mail:
JUON NETWORK:  口 会員    口 非会員
以上

JCCU協同組合塾2013年度第1回例会のお知らせ

とき:2013年7月18日(木)18:00~
ところ:日本生協連 コーププラザ4F 第3会議室
テーマ:「生協の平和活動の歴史とこれからの課題」
講師:斎藤 嘉璋 氏  伊藤 和久氏

日本生協連は1951年3月、前年の日協同盟総会での決議にもとづき発足。日本生協連の創立総会は、その前年に朝鮮戦争が勃発して米軍占領下の日本も巻き込まれ、マッカーサーが核兵器使用を考えたという緊迫した状況のもとで開催されたのです。そのような中で、「平和宣言」、「平和とよりよき生活のために」が盛り込まれた「創立宣言」が採択されました。
 国連軍縮特別総会、その後のNPT再検討会議には日本から核兵器廃絶を訴える声を届けるため、生協からも代表を送り出してきていますが、次回の同会議開催、被爆70周年にあたる2015年に向けて、あらためて生協が平和活動になぜ取り組むのか、どう取り組んでいけばいいのかを考えあう機会にしたいと今回のテーマで学習会を開催します。
 戦後の反戦・平和運動、核兵器廃絶運動、被爆者援護運動、世界法廷運動の中で大きな役割を果たしてきた生協の平和活動の歴史について、日本生協連常務理事として平和活動分野でも活躍された齋藤嘉璋さんに講演していただきます。そして日本生協連OBで現在は「NPO法人 ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」の事務局長として活躍されている伊藤和久さんに会の設立から今の取り組みについてご報告していただきます。

第1部 講演会
テーマ:「生協の平和活動の歴史とこれからの課題」
   講師:斎藤 嘉璋 氏、報告:伊藤 和久 氏

第2部 交流会
    20時~21時30分 講師を囲んで交流会を行います。
   (飲み物・つまみ付き)
    会 場: 日本生協連 コーププラザ4F 第3会議室
    参加費: 無料 但し、第2部交流会参加費500円

★<参加申込方法> JCCU協同組合塾には、誰でも参加できます。
 ○参加申込みは、なるべく下記のURLより参加申込みをお願いします。
  http://kokucheese.com/event/index/95729/
  堀内satoko.horiuchi@jccu.coop、柳下takeshi.yagishita@jccu.coopもしくは最寄の幹事までメール等でご連絡くださって  も結構です。第2部の交流会の出欠も併せてご連絡願います。
 ○第1次締め切り日:7月11日(水)

 ○これまでの講演記録などは以下のURLに掲載しています。↓
  ブログ名「JCCU協同組合塾」 JCCU協同組合塾

■講演会会場案内
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原発被災地フ・ク・シ・マへ行こう!

「福島被災地ツアー(現地ガイド付き)」(確定版)

福島に行くだけでも支援! 現地の人の話を聞くだけでも支援!につながります。   
貴方の目で原発被災地をリアルに体験し、脱原発の取り組みをすすめましょう

福島被災地ツアー案内.pdf (←ここから以下の案内をダウンロードできます)
1. 日時:6月23日(日)〜24日(月)
2. 行き先:福島県南相馬・小高地区 南相馬・小高地区詳細(←詳細情報に画面が変わります)
  ①村上海岸②津波被災住宅③井田川・浦尻④鈴木安蔵・生家 ⑤川房地区
   (牛牧場)⑥高線量被災住宅など (一部浪江や原発が遠くに見える)
3 集合時刻:午前8時50分 出発時刻:午前9時 
 集合場所:有楽町線小竹向原駅1番出口 「小竹向原駅」(←小竹向原駅の構内図に画面が変わります。)
4. 宿泊:飯坂温泉「一柳閣」飯坂温泉:一柳閣案内(←旅館情報に画面が変わります)
  〒960-0201 住所福島県福島市飯坂町字中原 Tel 024-542-4266
5.参加費:1万円(バス代・宿泊1泊2食税込み:23日24日昼食は各自負担)
6.募集人員:28人
7. 申込締切:6月11日(火)
8.主催:東大生協OBの会
9. お問い合わせ・申込先
 ■東大生協OB会会員の方は、以下にお願いします。
   東大生協OB会 事務局 手塚 忠男
  ・PCmail: tadao.tezuka@gmail.com
  ・携帯mail:tezu652012@docomo.ne.jp
  ・携帯:090-1424-1670
  ・自宅:046-264-3345
  ・住所:〒242-0026 神奈川県大和市草柳1-2-36
 ■東大生協以外の大学生協友の会会員の方は以下にお願いします。
   大学生協友の会 事務局 大久保 厚
  ・PCmail: ohkubo.at@univcoop.or.jp
   大学生協友の会:
   住所:〒166-8532 東京都杉並区和田3-30-22
   TEL 03-5307-1130  FAX 03-5307-1199

3月28日 ロバアト・オウエン協会シンポジウム報告
「創生期の大学生協運動とその後の展開 -1950~1960年代にかけて-」

 ロバアト・オウエン協会第145回研究集会はシンポジウム形式で「創生期の大学生協運動とその後の展開 -1950~1960年代にかけて-」として3月28日の14:00~17:30、東京・四ッ谷主婦会館プラザエフ5F会議室で 開催されました。前半は講演、後半はパネルディスカッションで行われました。
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○中川雄一郎会長挨拶
○岩垂 弘 会員:「1950年代、60年代の政治動向と社会状況」
○岡本好廣 会員:「その当時の学生生活と生協の果たした役割」
○齋藤嘉璋 会員:「それ以後の大学生協の発展と地域生協作り」

○パネルディスカッション
 上記3氏に加え、コーディネーターとして土方直史 会員、鈴木 岳 会員が加わりました。

 参加者は52人、西日本の大学生協に関係する方々からも何人もの参加を頂きま した。当時の評価や総括をめぐって、活発な論議が会場で交わされ、あっという間に予定の時間が過ぎました。特に若い参加者には、生協のみならず戦後の日本の動きを知る機会となりました。

 このようなシンポジウムは通常は地味な思想研究を中軸とするオウエン協会にとって、新たな試みでした。まだまだ語りつくせないことも多く、また次回にという声も寄せられていました。
 最後にまとめられた都築忠七前会長からの話しに関連するように、現在を考え る上でもこれを機会に過去の日本の状況を学ぶこと、そしてオウエンや世界の協同思想を原点から改めて共に学ぼうという機会にとなったと思います。 寄稿:鈴木 岳(生協総合研究所)

<ロバアト・オウエン協会について>1958年に協同組合に関係する学者、研究者、実務者の有志が集まって「協同組合運動 の父」と云われるロバアト・オウエンの思想と実践を研究し、その志を継承する目的で 協会を発足させた。イギリスでも1969年にICA事務局にロバアト・オウエン協会が設 立されたが、その後活動を中止して日本の協会が世界で唯一のものである。協会事務局をプラザエフの公益財団法人 生協総合研究所内にもつ。 
事務局:鈴木岳・中村範子〒102-0085 東京都千代田区六番町15プラザエフ6F(財)生協総合研究所内 TEL:03-5216-6025/FAX:03-5216-6030/E-mail:noriko.nakamura@jccu.coop

JCCU協同組合塾2012年度第5回例会のお知らせ

とき:2013年3月21日(木)18:00~
ところ:日本生協連 コーププラザ4F 第3会議室
テーマ:大学生協のあゆみと生協運動の中で果たしてきた役割」
講師:和田 寿昭 氏  

 1898年に大学で初めての協同組合が同志社大学で誕生し、戦前は学生消費組合が活動していましたが戦争で中断されました。戦後は1946年に東京帝国大学消費組合設立後、各地で大学生協が生まれました。現在では200以上の大学生協が大学生協連に加盟し、その供給高は約2000億円となっています。そのあゆみと今後の課題について、昨年まで大学生協連の専務理事としてその事業と活動の中心として活躍された和田寿昭さんに講演していただきます。また、70年代以降の地域生協の発展は、大学生協の支援なくしては語れません。これまでの生協運動の中で大学生協の果たしてきた役割についてもふれていただきます。 
                                 JCCU 協同組合塾
                                 代表幹事 柳下 剛

第1部 講演会
テーマ:大学生協のあゆみと生協運動の中で果たしてきた役」 
    ○講師:和田 寿昭氏  

  • 日本生活協同組合連合会 常務執行役員・総合運営本部本部長
  • 前・全国大学生活協同組合連合会 専務理事
  • 元・東京大学消費生活協同組合 専務理事

第2部 交流会
    20時~21時30分 講師を囲んで交流会を行います。
   (飲み物・つまみ付き)
    会 場: 日本生協連 コーププラザ4F 第3会議室
    参加費: 無料 但し、第2部交流会参加費500円

★参加申込方法 JCCU協同組合塾には、誰でも参加できます。
   参加申込みは、なるべく下記のURLより参加申込みをお願いします。
   http://kokucheese.com/event/index/75676/
   下記の堀内または柳下にメール等でご連絡いただいても結構です。
   堀内satoko.horiuchi@jccu.coop、柳下takeshi.yagishita@jccu.coop
   第2部の交流会の出欠も併せてご連絡願います。

  ★第1次締め切り日:3月15日(金)

   これまでの講演記録などは以下のURLに掲載しています。↓
   ブログ名「JCCU協同組合塾」 JCCU協同組合塾

■講演会会場案内
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<シンポジューム>「創生期の大学生協運動とその展開」ご案内

<シンポジューム>
「創生期の大学生協運動とその展開」のご案内
とき:2013年3月28日(木)14:00~17:30
ところ:プラザ・エフ5階会議室

ロバアト・オウエン協会では標記のシンポジュームを開催することになりました。戦後大学生協が出来てから既に60年以上経って当時の状況を知る人が少なくなっていますので、これが最後の機会になると思われます。是非奮ってご参加下さるようご案内致します。  

 目的1950年代から1960年代にかけて全国各地で設立された大学生協の活動を当時の政治と社会状況との関連で示し、その発展が日本の生協運動に果たした役割を明らかにする。

スケジュール
開会挨拶: ロバアト・オウエン協会会長 明治大学政治経済学部教授 中川雄一郎
テーマと報告者:
①「1950年代、60年代の政治動向と社会状況」  元朝日新聞編集委員 岩垂 弘 
②「当時の学生生活と大学生協の果たした役割」   元日生協常務理事  岡本好廣
③「それ以後の大学生協の発展と地域生協作り」   元日生協常務理事  斉藤嘉璋
コーディネーター:中央大学名誉教授 土方直史  :生協総合研究所研究員 鈴木 岳
いずれも敬称略

進め方: 3人の報告者がそれぞれのテーマについて報告した後、コーディネーターが参加者に質問を求め、それに報告者が答える。続いてコーディネーターが報告の中から重要と思われる問題を選んで討論を進める。討論は報告者に参加者の意見を加えて進行し、最後に纏めを行って終了する。

【参加申込】
 事務局:鈴木岳・中村範子
 〒102-0085 東京都千代田区六番町15プラザエフ6F(財)生協総合研究所内
 TEL:03-5216-6025/FAX:03-5216-6030/E-mail:noriko.nakamura@jccu.coop

【参加費】 無料

<ロバアト・オウエン協会について>
1958年に協同組合に関係する学者、研究者、実務者の有志が集まって「協同組合運動 の父」と云われるロバアト・オウエンの思想と実践を研究し、その志を継承する目的で 協会を発足させた。イギリスでも1969年にICA事務局にロバアト・オウエン協会が設 立されたが、その後活動を中止して日本の協会が世界で唯一のものである。協会事務局 はプラザエフの公益財団法人 生協総合研究所内にある。 

■講演会会場案内
主婦会館 プラザ エフ
東京都千代田区六番町15番地 JR四谷駅麹町口下車1分
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12月1日(土)第2回大学生協友の会会員懇親会が開催さました!

 12月1日(土)第2回目となる会員親睦会が大学生協杉並会館5階ダイニングルームにて24名の参加で開催されましした。親睦会は、川上幹事長挨拶のあと、大本常務理事より大学生協の近況報告として共済連分離後の本体経営の改善や国際協同組合年参加企画としての協同組合論講座の提供、学生実態調査シンポジュームの開催などの取組が紹介されました。新会員として初参加された釜田さんからの挨拶をあと、参加者よりの近況報告がありました。往時の想い出を楽しく語りあう会となりました。(写真をクリックすると原寸拡大します)

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12年会員親睦会.pdf

JCCU協同組合塾 講演会のご案内

第1部
と き:2012年12月12日(水)18:00~20:00
ところ:日本生協連コーププラザ4F(第4会議室)
テーマ:「協同組合の起源(ロバアト・オウエン、ロッチデール)
                と21世紀の協同組合の展望
講 師: 中川 雄一郎 氏 

講師紹介:明治大学政治経済学部教授。担当科目:協同組合経済。ロバアト・オウエン協会会長。生協総研理事。
著書;『協同組合を学ぶ』(日本経済評論者・2012年)編著、『シチズンシップ』(日本経済評論社・2010年)、『非営利・協同システムの展開』(日本経済評論社・2008年)、『社会的企業とコミュニティの再生』(大月書店・2007年)、『キリスト教社会主義と協同組合』(日本経済評論社・2002年)編著、など多数。


 協同組合は、イギリスで19世紀初頭に活躍したロバアト・オウエンを父として、1944年にマンチェスター郊外のロッチデールで現在の協同組合につながる原型(ロッチデール公正開拓者組合)が創設されました。
 2012年は国連が定めた「国際協同組合年」で、それを記念して、ICAは臨時総会をマンチェスターで開催しました。JCCU協同組合塾でも、今回は記念企画として、初期の協同組合がどのような背景をもとにどのような理想を掲げて生まれたのかの原点を学び、21世紀の協同組合の課題や展望を考えていきます。
                                      JCCU協同組合塾
                                     代表幹事 亀井 隆

第2部 交流会
    20時~21時30分 講師を囲んで交流会を行います。(飲み物・つまみ付き)
    会 場: 日本生協連 コーププラザ4F 第3会議室
    参加費: 無料(但し第2部交流会参加費500円)

 <参加申込方法> JCCU協同組合塾には、誰でも参加できます。
  ○参加申込みは、下記のURLより参加申込みをお願いします。 
  http://kokucheese.com/event/index/61965/
  もしくは幹事の柳下剛takeshi.yagishita@jccu.coopまでメールでご連絡
  ください。
  第2部交流会の出欠もご連絡ください。

JCCU協同組合塾幹事会
代表幹事 亀井 隆 (カスタマーサービス推進室)  幹事 市川 智弘(渉外広報本部)
幹事   小川 祐子(カスタマーサービス推進室)   幹事 菅谷 明良(コープクリーン)       
幹事   三崎 敬子(資料室)       幹事 後藤 淳 (出版部)
幹事    柳下 剛(中央地連)

■講演会会場案内
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「忘れえぬ人 佐藤光博さんの思い出」発刊のお知らせ

故佐藤光博(早稲田大学生協OB.2012年2月13日逝去)追悼文集が、追悼文集編集世話人会(代表:川上邦博)によって12月1日発行されました。

追悼文集仕様:「忘れえぬ人〜佐藤光博さんの思い出」
サイズ:A5版 表紙:カラー印刷(表裏表紙及び故人写真(4頁)) 総頁:118頁 
製本:くるみ 発行部数:150部 頒布価:1200円 送料:200円 印刷:東京事業連合 U-POC 編集ソフト:Adobe InDesign J 

ご購入希望の方は、大学生協友の会事務局までご連絡或いはメールでお申し込みください!

佐藤追悼文集 表紙.pdf佐藤追悼文集目次1.pdf佐藤追悼文集目次2.pdf佐藤追悼文集奥付.pdf

生協総研 第22回全国研究集会 開催のお知らせ

とき:2012年10月6日(土)10:00~16:30surugadai.jpg
ところ:明治大学駿河台キャンパス リバティタワー1F
テーマ:「東日本大震災2年目の支援課題〜生活の協同と地域の連携」 

詳細の研究会講演テーマ講演者及びパネル討議と登壇者は以下のファイルの通りです。

91S8D918CA4_0FFbMQ21J3NDjHG21K.pdf

生協総研編「現代社会と生協」刊行のお知らせ

生協総研は、2012年国際協同組合年シリーズとして「生活協同組合研究」誌に昨年4月から連載された「現代社会における協同組合の役割」について食品安全、食料農業問題、消費者問題、環境問題、福祉問題をはじめ、共済生協、大学生協、地域生協など8つのテーマから論ずる「現代社会と生協」を刊行しました。表紙をクリックするとコープ出版(株)注文サイトに繋がります。

img-831133149.pdf

「現代社会と生協」国際協同組合年企画
発行日2012年9月1日
発行元:日本生活協同組合連合会出版部 
発売元:コープ出版(株)
ISBN :978-4-87332-311-4 税抜価格:1500円 

9月9日加藤登紀子コンサート開催のお知らせ

3.11東日本大震災で故郷を追われて避難生活を強いられている方は、原発事故で強制退去命令を受けて役場ごと、旧埼玉県立騎西高校内に避難された福島県双葉町の方々をはじめとして16万人います。震災避難者、障がい者、地域支援のために川口市民フォーラムが主催するコンサートが9月9日川口市で開催されます。現在パルシステム埼玉勤務の南保晴人(元連合会総務部勤務)から紹介を受けました。チケットを4500円で購入できるとのことです。連絡先:048-432-7836 です。よろしくお願いします。

加藤登紀子コンサート.pdf

加藤登紀東日本震災避難者、障がい者、地域支援コンサート「川口に愛を届けます!」
2012年9月9日(日)川口総合文化センターリリアメインホール
ロビー開場15:00開演16:00 入場料一般5000円 

2012年度大学生協友の会総会・懇親会を開催しました。

1993年の発足から20回目を迎えた大学生協友の会(旧:ユニコープ友の会)総会は、去る7月7日(土曜)午後2時より、大学生協杉並会館にて34名の参加で開催されました。幹事安斉伸夫さんが議長に就任し、友の会幹事長川上邦博さんから開会の挨拶、連合会役員室原田敏朗さんから大学生協近況報告がありました。
 事務局長大久保厚さんより2011年度事業報告と会計報告及び2012年年度、会計監査古越小夜子さんより会計監査報告があり、全て承認されました。2名の幹事(根本芳則さん、峯岸通さん)が退任し、来期総会にて幹事を補充する旨の報告がありました。
 総会議事終了後特別企画として「いまどきの学生達」と題して昨年実施した「第47回学生生活実態」を基に大学生協連広報調査部堀内久美さんから報告がありました。「スマートフォンがないと就職できないとは知らなかった」「原発への学生の意見をよく聴いてくれた」「もっとリアルな実態を社会に広めよう」などの意見があがりました。
その後3時より5階ダイニングルームにて新会員6名を迎えて、伊藤敏雄さんの乾杯のご唱和で和やかな歓談と交流の宴となりました。幹事宮寺重男さんの中締めでお開きとなりました。


集合1.jpg2012年7月7日友の会懇親会(杉並会館5階ダイニングルーム)

川上2.jpg安斉.jpgharada .jpg堀内2.jpg古越.jpg
2012年度友の会総会  川上幹事長、安斉幹事、原田役員室長、堀内調査担当、古越会計監査DSC_2163.JPGDSC_2170.JPG2.jpg3.jpg4.jpg6.jpg7.jpg11.jpg9.jpg
伊藤3.jpg伊野瀬.jpg佐々木2.jpg太田.jpg
佐伯.jpg有田.jpg矢野2.jpg矢野4.jpg
黒岩.jpg石田3.jpg本田.jpg相馬2.jpg
小野.jpg宮寺.jpg伊藤.jpg

お知らせ:7月15日(日)13時ノーモアヒバクシャ記憶遺産を継承する会設立記念集会が有楽町朝日ホールで開会されます。

この会は、「ピースナウ」をはじめた金沢大学岩和幹三先生、立命館大学平和ミュージアム名誉館長安斉郁郎先生、朝日新聞連載記事「プロメテウスの罠」でも紹介された医師肥田舜太郎と作家大江健三郎らによって呼びかけられたものです。今回この会のNPO法人取得に伴い、会の設立を記念した集会が開催されます。

日時:2012年7月15日(日)13時〜16時(開場12時)
会場:有楽町朝日ホール 参加費 500円
主な内容:①わたしたちの目指すもの②被曝者から受け継ぐこと③被曝証言朗読
【パネルディスカッション】パネラー 斉藤 紀さん、香山 リカさん 木戸 季市さん

7.15.pdf←ここをクリックするとダウンロードできます。
7.15集会チラシpdf.pdfノーモアヒバクシャよびかけ.pdfノーモアヒバクシャ通信第1号.pdf

会員:大友弘巳さんが「生協の持続的発展を願って」を出版

3月1日、大学生協友の会会員の大友さんが協同ブログ「コラボ・コープOB」に3年余にわたり寄稿したなかから45通の記事を抜き出して「生協の持続的発展を願って」と題する本を出版しました。

発行日:2012年3月1日 販売日:3月15日 発行所:あけび書店 価格:1680円 頁:205頁  問い合わせ先:〒362-0041 上尾市富士見2-10-20   Email:hiromi1940@jcom.home.ne.jp

↓下の写真をクリックすると協同ブログ:「コラボ・コープOB」で目次を閲覧できます。生協の持続的発展を願って(大友).jpg


Ohtomo.pdf ←「刊行にあたって」PDFファイル。クリックするとファイルを閲覧できます。

目次 I 50年を振り返って II 時代の変化をみつめて III ヨーロッパの生協に学ぶ IV 危機を迎えた日本の生協と持続的発展への挑戦 V 生協の社会的役割発揮への期待  VI 生協間の事業連帯と組織合同・合併の論議を巡って

大友弘巳さん略歴 : 1940年 北海道芦別市生まれ。60年埼玉大学生協創立に参画し、卒業後東京大学生協に就職、所沢生協を経て、埼玉中央生協を創立し、82年市民生協さいたま(現コープさいたま)専務理事。92年コープネット事業連合を設立し、理事長。99年日生協常務理事(非常勤)、2000年日生協移籍、共済事業専務理事、2005年日生協常勤参与を退任。

  • 12月3日(土)2011年友の会会員親睦会が開催されました!

本年総会にて年度の活動計画として予定されていた「会員親睦会」が12月3日(土曜)午後3時から、大学生協杉並会館5階ダイニングルームにて開催されました。当日はあいにくの前夜からの雨が続く悪天候にも関わらず32名の方の参加を頂き、和やかながも往時を偲ばせる気迫溢れる交流が行われました。
 親睦会では、スライドにて5月29日東大生協OB会、9月25日5大学統一寮第2回同窓会、10月1日早稲田生協OB会、11月虹遊会スケッチ青梅合宿の様子をそれぞれ伊藤光男さん、岡部民江さん、柳ヶ瀬直人さん、大久保厚さんから紹介頂きました。
 尚、親睦会開催前の第1回幹事会にて、来年の友の会総会を7月7日(土)に開催することが決まりました。今回参加できなかった会員の皆様には、次回7月7日にお集まり頂くたくご案内申し上げます。(大学生協友の会事務局)

2.jpg開会挨拶する友の会代表の川上幹事長 31.jpg大学生協の近況を報告する連合会福島裕記専務理事32.jpg自己紹介する連合会大本隆史常務理事

22.jpg親睦会で乾杯を発声する根本芳則幹事4.jpg歓談する親睦会参加者6.jpg歓談する親睦会参加者
5.jpg思い出話に花をさかせる薄葉康男さん10.jpg満面の笑みを浮かべて参加者の近況を聞き入る安斉伸夫新幹事11.jpg近況報告をする伊野瀬十三新幹事12.jpg自己紹介する東京事業連合役員室室長山崎実新幹事13.jpg近況報告をする和知稔新会員14.jpg近況報告をする中久保米子新会員16.jpg近況報告をする小林剛新会員18.jpg近況報告をする岡部民江新会計監査20.jpg近況報告をする小林敏男さん24.jpg近況報告をする古越小夜子新会計監査25.jpg近況報告をする星野正思さん 27.jpg近況報告をする本田月男さん7.jpg近況報告をする柳ヶ瀬直人新会員8.jpg近況報告す馬場瑛新幹事17.jpg近況報告する大嶋茂男さん19.jpg近況報告する岡安喜三郎さん23.jpg近況報告する藤岡武義さん26.jpg近況報告をする本田偲さん21.jpg近況報告をする佐々木征彦28.jpg近況報告をする宮寺重男さん29.jpg近況報告の後、中締めの音頭をとって頂いた山崎昭太郎さん15.jpg近況報告をする駒井英一新会員

クリックすると拡大します。

7月2日大学生協友の会第19回総会/会員の集いを開催しました。

ユニコープ友の会は7月2日大学生協杉並会館にて、42 名が参加して、第19回定期総会を開催し、友の会会則を改定し、会の名称を「大学生協友の会」として、新たなスタートを切りました。また昨年度総会ら12名の新入会会員を迎えて、2011年度の活動計画が承認されました。
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和田.jpgP7023547.JPGP7023566.JPG総会議事.jpg


大友.jpg藤岡.jpgP7023592.JPGP7023593.JPG


P7023597.JPG亀井.jpg北村.jpgP7023607.JPG





小林(敏).jpg駒井.jpg坂口.jpgP7023618.JPG

鈴木.jpg宮寺.jpgP7023631.JPG柳ヶ瀬.jpg

馬場.jpg佐藤.jpg斉藤.jpg岡安.jpg

P7023670.JPGP7023678.JPG田中.JPG伊藤(光).jpg

2月10日元コープこうべ・井上淳信さんの講演を聴きました。

kangaikan2007.jpg講演で紹介された千葉県旭市にある大原幽学記念館(写真をクリックすると記念館HPにつながります)

2011年2月欧州生協(主にイギリスとスイス)視察報告.pdf
大原幽学と江戸末期の農村再生.pdf
rejyume.pdf
講演会の当日配布された資料です。上記PDFをクリックするとダウンロードファイルが現れます。

去る2月10日、JCCU協同組合塾第3回講演会にて、元コープこうべ井上淳信さんの講演:「21世紀に求められる生協職員教育~理念と実践の統一」を聴きました。

井上さんは1971年に神戸生協に入協され、12年間コープこうべに在職、その後日本生協連関西支所で西日本エリアの地域生協の店舗指導を12年間勤めた後生協労連副委員長を5年務められてかた、1992年から5年程コモジャパンで教育担当を務めたという異色の生協人です。2000年退職され、その後株式会社「コモテック人材開発研究所」を設立し、現在各地生協の「生協学校」の専任講師を務めているとのことです。

講演は、パート職員が聞いてわかることばで話すというコンセプト通り、大変わかりやすいお話でした。特に理念に基づく仕事改革をめざし、利益を生む収益構造の達成が、生協運動の発展の原動力として、収益性の後退は、生協運動の危機として捉え、現状の生協運動の改革を進めることを提言されていました。
とりわけ、「10年前にも10年後に通用するようなビジョンでは、人は動かない」「「地域社会の拠点となる事業所づくり10か条」の1項目でも徹底してやれば、NET率は1%改善する」「パーツ人間では創造的に仕事は生まれない、自分で考えて実行した人が失敗したら、叱るのでなく、褒めてやれ」「2000億規模であれば、どの地域エリアでも商品開発は可能。各エリアでの商品開発をネットワークするのが、日生協の役割」「会社をリタイヤされた方の社会参加を生協としても活用すべし」などを熱く語ってくれた。

また大原幽学(寛政9年〜安政5年)が1838年(天保9年)に世界で最初の農業協同組合(先祖株組合)を設立したことを最近知り、ロッチディールより早く造られ、その後幕府によって解体された先祖株組合の描いた軌跡を整理し、研究する価値があると提起されました。
また昨年2月のスイス生協視察のなかで、スイスの国家標語として「一人は万人のために万人は一人のために」が使われていることを知り、「Each for all All for each」という英語を含めて、その起源と語源を改めて、スイス国内法を含む研究が必要との意見を披瀝されました。

現在、2012年国際協同組合年企画として、5月26日27日、協同学苑にてコモテック研修生(307名)を対象とするコモテック研修生OB研修会の開催を呼びかけており、開催を準備しているとの近況などを語くれました。(文責:大久保厚)

大原幽学:天保、嘉永、安政にかけての混乱した世相の中、長部村(ながぺむら):現千葉県旭市を中心に房総の各地をはじめ信州上田などで、農民の教化と農村改革運動を指導し大きな事績を残した人物です。道徳と経済の調和を基本とした性学(せいがく)を説き、農民や医師、商家の経営を実践指導しました。前半生は各地を遍歴していたらしいのですが、その経歴は明らかではありません。天保13年(1842)には香取郡長部村に定住しています。天保4年頃から独自の実践道徳である性学の教説活動を始め、弟子として入門する者が次第に増えていき、研修施設や教導所が作られ会合や講義が行われました。門人達は道友(どうゆう)と呼ばれ、長部村に腰を落ち着けた幽学は、性学道友の農民を指導し農村の復興を図り、農業協同組合である先祖株組合(せんぞかぶくみあい)をはじめとして農民が協力しあって自活できるように各種の実践仕法を行って成果をあげました。しかし急激な性学運動の発展と農民が村を越えて労働と学習を共にしたことが幕府の怪しむところとなり、幽学は幕府の取り調べをうけた末、有罪となり、失意のうちに安政5年(1858)3月8日、自殺により62歳の生涯をとじたのです。.

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